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夏目漱石旧居跡から南へ向かうと、東大のグラウンドがみえてきます。農学部に工学部、法学部、理学部、医学部などが入っている本郷キャンパスは緑も豊富で、交通量の多い本郷通りの一服の清涼剤となっています。
今の季節は新緑が眩しくて、晴れた日のお散歩にはもってこいです。 |
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同時に、本郷通り沿いは古い建物が今もなお多く残っています。特に本郷弥生の交差点から東大赤門前の間は、文化財といえる建物の宝庫。新しい店構えであっても、ふと二階部分を見上げてみると古い建物だったりするので、なるべく上を見ながらの散策がおすすめ(笑)。
ここでひとつ、嬉しいサプライズが。カシャカシャと写真を撮影していた際、中華料理屋のご主人が出てきて「古い建物を撮りたいなら、あそこがいいよ。こっちもいいなぁ」と、あれこれと教えてくれました(けっこう話が長かった・笑)。こうした偶然の出会いも、のんびりとしたお散歩ならではのことです!皆さんもぜひ、カメラ片手にウォーキングを楽しんでくださいね。 |
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ご主人に教えてもらった建物のひとつが、東大正門前に位置する「万定フルーツパーラー」。なるほど、2階部分のヨーロッパ建築を思わせる石造りの意匠といい、お店のロゴといい、レトロ感が溢れかえっています!元来は東大病院にお見舞いにくる方のための果物屋さんだったため「フルーツパーラー」と銘打ってありますが、現在の主力商品はカレーライス。シンプルでコクがあり、まさに古き良きニッポンのカレーライスです。店内にもレジや扇風機など、レトロなアイテムが満載。狙って「レトロ調」にしている店は多々ありますが、ここはそのままの姿、「純正レトロ」といったところです。。 |
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さて、レトロ建築が軒を連ねる街並みを眺めつつ歩みを進め、東大赤門の少し手前にある出版社、郁文堂(この建物もレトロ!)の角を曲がり、小道に入っていきます。くねくねと歩いていくと、赤心館跡の案内板に出くわしました。かつて石川啄木が下宿し、1ヶ月間で5つの小説を書いたといわれている地です。このように、文人墨客や町の旧名、坂の由来などを記した案内板があちこちにあります。さほど下調べせずに出かけても、いろいろな記念碑に出くわすので、お散歩していても飽きがきません。 |
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次にたどり着いたのは、旅館「鳳明館(ほうめいかん)」です。本郷界隈には本館、台町別館、森川別館の3つがあり、いずれも「これぞ日本旅館」とうなずいてしまうほどの佇まい。本館は登録有形文化財に指定されています。外国から来た観光客なら、ホテルよりココに泊まりたい!と思うことでしょう。いや、東京住まいの私でも、一度泊まってみたいなぁと感じました。 |
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そのまま歩みを進めて菊坂に出ました。
この界隈は「坂の街」です。菊坂にあるのは、旧伊勢屋質店。現在は営業していませんが、当時をしのばせる土蔵が建っています。かつて樋口一葉は、生活が苦しくなるとこの質店に足を運んでいました。彼女の作品にもしばしば登場します。 |
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彼女が住んでいたのは、この質店から歩いて2分程度のところ。
菊坂に沿って並行に伸びる道から、さらに細い路地に入ります。路地、階段状の道、その道に覆いかぶさるようにして建つ木造の住宅。時が止まった空間、という表現がピッタリです。
かたわらには一葉が使った井戸が残っていて、彼女の暮らしぶりを彷彿とさせてくれます。
今回の散策コースの中でいちばんのおすすめスポットは?と聞かれたら、ココと答えるでしょう。神社の鳥居をくぐった時に抱く静けさや心の鎮まり、その感覚と似たものを感じました。ただし現在も住宅街の真っ只中のため、見学の際は近隣の迷惑にならないよう、ご注意ください。 |
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その路地を進むと、鎧坂に出ます。坂の途中に案内板「金田一京助・春彦の旧居跡」がありました。そこから見晴らしのいい高台の道を抜けて、今度は炭団坂へ。かたわらには、近代文学の父といわれる坪内逍遥の旧居跡案内板がありました。この坂は今では整備されていますが、かつては急な泥だらけの坂で、転がり落ちる人も多かったとか。文人たちもうっかりここで足を滑らせていたかもしれませんね。 |
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童話作家としても有名な宮沢賢治旧居跡の案内板は、菊坂と、並行に伸びる道をつなぐ小さな階段沿いにありました。そこから菊坂を本郷通り方面に歩みを進め、本郷三丁目の交差点へ。この交差点の一画には「かねやす」という洋品店があり、「本郷も かねやすまでは 江戸の内」という看板が掲げられています。これは、かつて江戸時代に火事を広がるのを防ぐため、「江戸城からここまでは“江戸”ですよ。火事が広がらないように、ここまでの家は屋根に石製の瓦を使っていいよ。壁も木造じゃなくて塗り壁にしていいよ」というお触れを大岡越前守が出したことに由来しているそうです。 |