格子戸のある旅籠宿や、土蔵造りの民家がいまも残り、のんびりとした歴史情緒が漂う富山県富山市の八尾町。約2万人が暮らす"坂の街"ですが、一年のうち3日間だけ、例年30万人を超える観光客が訪れます。それが情緒豊かな民謡行事「おわら風の盆」です。
開催日は、例年9月1日からの3日間。9月1日は、立春から数えて210日目、つまり"二百十日"です。この日は、台風などによる風の被害が出やすい日とみなされてきました。特に稲作に従事する人びとにとっては悩みの種。稲の花粉が散ってしまい、実りが悪くなるからです。そこで、風がこの期間に止む(休む)ことを願い、"風の盆"という名がついたのだとか。
そのせいか、「おわら風の盆」は"賑やかな秋祭り"というより、静かで、たおやかなお祭りとして人気を博しています。
日が落ちて、涼しげな浴衣をまとった人々が編み笠を目深にかぶり、無言で優雅に舞いながら、ぼんぼりのついた街中をゆく…夏の終わりを感じさせてくれる、幻想的な風景が広がります。特に女性が舞う姿は絵になりますね。どこかせつない「越中おわら節」の旋律を奏でる胡弓の音色も、抒情たっぷりです。
参加しているのは11の町。しかし、神輿のようにすべての町が一堂に会することはなく、めいめい自分たちの町の「おわら風の盆」を繰り広げています。
観光イベント的な要素は少ないのですが、他では見られない"物静かな"祭りは、『風の盆恋歌(高橋治著)』『風の盆幻想(内田康夫著)』『愛の流刑地(渡辺淳一著)』『風の棺(五木寛之)』など、小説の題材になることも多く、それらを読んだ方が「一度、実際に見てみたい」として訪れるケースも多いようです。
開催期間中、八尾町内の宿泊施設は早々に埋まってしまいます。そのため、金沢や宇奈月温泉に泊まり、夜に八尾に足を運ぶ方も多くいます。また、本番は9月1日からですが、8月20日から8月30日にかけての毎晩、1つの町が輪踊りや町流しなどを行う前夜祭が開催されます。
実は、この前夜祭も風情たっぷり。「本番は混みあうから」という理由で、前夜祭の開催中に富山入りして、本番はちょっとだけみて済ます…という「風の盆上級者」もいるのだとか。
他ではちょっと味わえない、幻想的な夜の舞い。ぜひ一度、鑑賞してみてはいかがでしょう。